元気の出る野菜:不許葷酒入山門(前編)

皆さんは禅寺の山門脇にある戒壇石に刻まれた「不許葷酒入山門」という句を見たことがありますか?「葷酒(くんしゅ)、山門に入るを許さず」と読み、心を乱し修行の妨げとなる「葷酒」を持ち込むことを禁じているものです。「葷」とは臭いの強い、また精力のつく野菜のことで、「にんにく」「玉ねぎ」「ねぎ」「にら」「らっきょう」などのネギ類があげられます。確かに修行をする場にはふさわしくなさそうですが、私たちが日常生活を送るうえでは身近なものでもあり、非常に気になる野菜類です。

昔の人はどうみていたの?

臭いが強く、精力がつく食材を昔の人たちはどのように捉え、用いていたのでしょうか?以下、それぞれの野菜について見てみました。

にんにく
古代エジプトでは薬用として用いられ、ピラミッドの建設作業員たちに配布されていたようです。古代ローマでも兵士や作業員達にも配布されていたようであり、当時から疲労回復・健康増進に何らかの好影響を与える食材と捉えられていたようです。
日本には8世紀ごろに伝来したようで、やはり最初は薬用として用いられていたようです。

玉ねぎ
古くから食用として栽培されていたようですが、古代エジプトではにんにく同様にピラミッドの建設作業員に配布されていたと言われています。中世ヨーロッパでは、その臭いのせいか魔除けとして家の前に吊るされていたこともあったようです。
日本には江戸時代の終わりごろに伝わってきたものの、食用栽培として本格化したのは明治時代に入ってからです。

ねぎ
中国では有史以前から広まっていて、「礼記」という書物にその料理法が記述されているそうですので、食用として栽培されていたようです。
日本には8世紀以前に伝わっていたようで、当初は薬用、神事に用いられていたようです。8世紀初頭の書「日本書紀」には「秋葱(あきぎ)」として記述があります。

にら
日本には弥生時代頃には伝来していたらしく、8世紀初頭の書「古事記」には「賀美良(かみら)」としての記述があります。
独特の臭いのせいか、長い間薬用として用いられ、野菜として用いられたのは明治時代に入ってからで、一般的に食されるようになったのはつい最近のことです。

らっきょう
紀元前から中国では栽培されており、日本には平安時代に薬用として伝来したようです。10世紀初頭の書「本草和名」では「薤白(がいはく)」として記述があります。その後、江戸時代には食用と用いられていたようです。

身体に良いもの、といって、すんなりと食用に用いられてきたわけではなさそうです。
後編では、現在の栄養学的観点から見ていきたいと思います。

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