品種改良の歴史:「トマト」価格の源泉を探る(前編)

大人気野菜の「トマト」

東京大田市場の青果物年間取扱金額は2017年では3,895憶円にのぼっています。その中で、「トマト」は東京大田市場の年間の取引金額が過去数年にわたって一番多い野菜となっています。また、「ミニトマト」も上位の位置を占めています。
ちなみに2017年の大田市場青果物取引金額の上位10種類は以下の通りとなっています。
「トマト」、「ミニトマト」を合わせると市場取引金額の12%と、かなりの割合を占めていることがわかります。

また、2017年の「トマト」と「ミニトマト」の大田市場入荷量・価格推移は以下の通りです。
今まで見てきた他の野菜同様に市場入荷量に反比例する形で価格が上下していることがわかります。

データ参照元:東京都中央卸売市場 市場統計情報
http://www.shijou-tokei.metro.tokyo.jp/index.html

「トマト」の栄養素について

<豊富な抗酸化栄養素>
トマトには豊富な種類のビタミン・ミネラルが含まれていますが、その中でもβカロチン・リコピン・ルチンなどの抗酸化栄養素が含まれています。
リコピンは「とまと」の赤色の色素成分であり、抗酸化栄養素ビタミンACE(エース)の一つ、ビタミンEの約100倍の抗酸化作用を、ビタミンAのもととなるβカロチンの約2倍の抗酸化作用を発揮する機能性栄養素です。
ルチンも抗酸化作用があると言われているポリフェノールのフラボノイド化合物の一つです。
<注目される「青トマト」のトマチジン>
「トマト」が赤く熟す前の青トマトには、トマチジンが多く含まれています。そのトマチジンには筋力の低下を抑制する作用や脂肪を減少させる作用があるのではないかと、昨今の研究では脚光を浴びています。

「青臭い大玉トマト」の時代

「トマト」はその大きさによって、大玉・中玉・ミニトマトと分類されます。
ここでは、今流通している「大玉トマト」について見てみましょう。

食べるための「とまと」は明治時代に欧米から持ち込まれましたが、当初は「青臭い」あるいは「酸味」が強いためになかなか普及しませんでした。しかし、昭和初期になると「トマト」を使った料理が広まりを見せるとともに、徐々に栽培されるようになりました。
1950年代までに人気を博したのは「ポンデローザ」という品種で、「青臭さ」「酸味」が抑えられた点が好まれていたようでした。また、「ポンデローザ」は子室(※ししつ)が多く果実が大きいことも特徴の一つでしたが、その一方で、形が不揃いとなる傾向が強い品種でもありました。
そこから種苗家達による品種改良が進められ、先ずは形が揃った「トマト」が生育できるような、続いては病気に強い「トマト」が誕生しました。

(※)子室:トマトの果実部分にある区切られたゼリー状のもので満たされている部分。

高い栽培性・果実の肥大を求めて
1938年に「福寿1号」が、1940に「福寿2号」が開発され、F1品種(※)による品種改良の先鞭をつけました。
以降、早生性(早熟性)、果実の大きさ、耐病性、そしてその粒揃えを求めて様々な品種が開発されました。特に1960年代に入ると、より多収性を求めて密植性の高い「東光K」が誕生しました。
1970年には、多収性よりも形状・色・傷の多少などの品質にこだわって栽培ができるように、生産者の目が行き届くような草丈の低い「強力米寿」が開発されました。
当時の品種開発は特に市場での規格と収量に重きをおいた生産者目線からの品種改良が主であったようです。
しかし、現在でも「青臭いトマト」を懐かしむ人々にとっては、この当時の「トマト」が慣れ親しんだ味のようです。

(※)F1品種:性質の異なる母親品種と父親品種を掛け合わせてできる1代目の雑種のこと。収量・粒揃い・耐病性などで親品種を上回ることがあります。

 

品種改良の歴史:「トマト」価格の源泉を探る(中編)
品種改良の歴史:「トマト」価格の源泉を探る(後編)

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