東西品種改良対決:「いちご」価格の源泉を探る(その2)

1980年代から始まった東西ブランド対決

<福岡県で「とよのか」の開発>
1980年代になって、より香りの強い、鮮やかな赤みをもつ、そして水分・甘味が増した品種が研究され「とよのか」が誕生しました。
この「とよのか」は、それ以前に同じく九州で品種改良により作られていた「ひみこ」と「はるのか」とを掛け合わせることによってできたものです。そして、北九州を中心に栽培が広まりました。
実際、消費者に対する評判もよく、実際の市場価格も他品種よりも高く取引されていました。
一方で、うどんこ病に弱く、また、「玉だし(*)」という作業を生産者農家さんに強いるために、かなりの労働力負担を必要とする品種でもありました。また、果肉が柔らかく、輸送時にはかなり気を遣う必要のあった品種でもありました。

*玉だし:おいしい、かつ鮮明な赤色をもつ「いちご」をつくるために、「いちご」が葉に隠れて日光に当たらなくなることを防ぐように1枚1枚の葉を手作業で葉をどける作業。

<栃木県で「女峰」の開発>
関東では、1980年代初頭までは、収穫期が5月から6月の1か月であった「ダナー」が主力として栽培されていました。しかし、1980年代の中頃に「女峰」が誕生したました。
この「女峰」は、「ダナー」と「はるのか」を掛け合わせたものに、更に千葉県で開発されていた「麗紅」を掛け合わせたものです。なお、「麗紅」は「はるのか」と1900年頃に日本開発品種第1号の「福羽」を掛け合わせたものです。
その結果、北関東でも年内から翌年の春まで収穫が可能となり、一気に栽培する生産者が増えました。
「女峰は」、小粒ながらも美しい赤色をしており、適度な硬さを持っていたため輸送中につぶれることも少なり、店頭で陳列されると見栄えがするものでした。また、味については甘味とともに酸味も感じさせるものであり、関東の主力商品となりました。

市場での人気は「とよのか」と「女峰」が二分したものの、価格面では徐々に「とよのか」が「女峰」に一歩リードするかたちとなっていきました。

1990年代に東日本で開発された「章姫」「とちおとめ」

<静岡で「章姫」の開発>
そんな折、1990年代の初めに静岡県で「章姫」が誕生しました。
「章姫」は「久能早生」と「女峰」を掛け合わせたものであり、酸味がほとんど感じられなくなり甘味が強くなり、甘みが強すぎるという声も中にはありますが、また粒も大きくなるように改良されたものでした。また、「女峰」に比べると柔らかい実となっています。
「章姫」はそれまでの「女峰」よりも収穫量がふえ、また、「玉だし」作業も不要であったことから、特に東海・関西地方での栽培が一気に広まりました。

<栃木県で「とちおとめ」の開発>
一方、市場価格で「とよのか」に一歩譲っていた「女峰」を開発した栃木県では、日本一の「いちご」産地の地位を保つべく県をあげての品種開発への取り組みがなされていました。そしてついに、1990年代中ごろに「とちおとめ」を誕生させたのです。
1980年代中頃に栃木県は「女峰」の酸味が強い点と小粒である点を改良すべく、「女峰」「麗紅」などをもとに品種改良に励んでいました。そして1990年初めに「女峰」を補完する「いちご」として「栃の峰」を完成しました。栃木県は、更に打倒「とよのか」を目指し、幾多の研究開発を経て「栃の峰」に「久留米49号」を掛け合わせて「とちおとめ」を誕生させたのでした。
なんと「久留米49号」とは、西の代表品種「とよのか」と東の代表品種「女峰」を掛け合わせたものです。
大粒で糖度が増した「とちおとめ」は市場でも大変な好評を博し、今では東日本を代表する品種となりました。

東西品種改良対決:「いちご」価格の源泉を探る(その1)
東西品種改良対決:「いちご」価格の源泉を探る(その3)

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