スポーツ栄養士による:障がい者アスリートのスポーツ栄養(後編)

頚椎・脊椎損傷のアスリート

頸椎・脊椎損傷は、表面的な運動や感覚の麻痺だけでなく発汗などの自律神経機能や呼吸器・消化器・泌尿器などにも障がいを伴っている場合があります。中でも排泄機能に不安を抱えているアスリートは、日常生活においても医療的な自己管理を行う必要があり、それに1日の数時間を費やす場合もあるため、身体的、時間的、そして経済的にも大きな負担を抱えています。2016年に日本パラリンピック委員会より一部の選手たちが使用していた薬剤(浣腸剤)についてアンチドーピングの視点から緊急通知文書が出された際には(7)、選手たちは、常用していた薬剤の変更を検討し、排泄コントロールのために食事の量や質、摂取するタイミングを含めた生活スタイルの調整に多くの時間と労力を割く必要がありました。
また、頚椎・脊髄損傷者は、筋の廃用性萎縮による体組成の変化や身体活動量の評価が難しいため、どれだけのエネルギーを摂取するかを決めることが難しいという課題があります(8)。そのため、体重の変化と運動量、食事量を比べながらエネルギーバランスをその都度考える必要があります。しかし、体重を計測するという生活活動の一動作においても、次のような問題点があります。まず、車いす専用の体重計はどこにでもあるものではなく定期的に測定することが難しいという物理的な課題がある一方で、一般的な体重計を使用する場合には、測定の際の移動時に転倒等のリスクを伴ってしまうといった問題があります。また、排泄コントロールの影響により1日に数キログラムも体重が変動する日もあり、体重のみでエネルギーバランスを評価するには限界があります。これらの点を考慮すると、栄養管理を行う上で、周囲径や皮下脂肪厚などの計測が有用な場合も多々あり、体重以外の身体計測値を評価項目として検討することが重要です。

脳性麻痺のアスリート

脳性麻痺には、痙直型、アテトーゼ型、失調型、弛緩型などの臨床的分類があり、筋肉の過緊張を引き起こす痙直型が70~80%を占めます。痙直型の特性として、日常生活における些細な身体的活動でも発汗が多く、疲労や空腹をきたしやすいことから、アスリートでなくともエネルギー消費量が健常者に比べて高いと考えられています(9)。筆者は、痙直型脳性麻痺のアスリートに対して増量へ向けた栄養サポートを行った経験があります。5キログラムの体重増量を計画した際、選手は努力して食事回数や量を増やしていたにも関わらず、2年かけて3キロ程度の増量しかできませんでした。さらに、一時期の環境の変化とそれに付随した体調不良で、最終的には体重が元よりも減ってしまい、彼らのエネルギー代謝は想定していたよりもかなり高いことを実感しました。
このように肢体不自由のアスリートでは障がいにより日常生活のエネルギー消費量にも個人差が大きいことが推測されます。選手の栄養管理を行うためには、欠損部位はどこか、頸椎・脊椎損傷部位と完全麻痺か不完全麻痺か、脳性麻痺のタイプは何かといった障がいの種類とその特性を理解することが大前提であり、それらを考慮した栄養サポートを行っていく必要があります。

視覚障がいのアスリート

視覚障がいや聴覚障がいのアスリートは、身体は健常である場合が多いので、エネルギーや栄養素の必要量についての基本的な考え方は健常のアスリートと同様に考えてよいでしょう。しかし、視覚障がいは、食事に関する生活活動にも影響を与えます。例えば、食べ物の選択には視覚からの情報が大変重要です。特に、ジュニア期の選手は、視覚からの情報を得られないだけでなく、食知識も十分でないため、遠征・合宿時の買い物やビュッフェ式の食事の際に、新しい食べ物を選択することを避け、決まった食べ物(好きな食べ物)のみを食べる姿を見ることが多くあります。また、練習中においても飲料のボトルがどこにあるかがわからずに水分補給を諦めてしまう選手もいます。このように、視覚に障がいのあるアスリートにおいては、栄養面に関わる生活活動動作を彼ら自らが行えるようにするためにどのような食教育が必要か、心理面への配慮も含めたサポートが必要と感じています。

『失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ。』

このルートヴィヒ・グットマン博士が残した言葉(2)は、現在の障がい者スポーツの精神として、リハビリテーションや体育など、障がい者スポーツに携わる人々に受け継がれています。障がい者アスリートへの栄養サポートを行っていくためには、病気や障がいの医療に関する専門的な知識と理解に加え、生活環境などの選手の置かれている現状を含めた全体像について理解を深め、選手の今ある機能障がい部分の訓練だけでなく、身体的、心理的な面を含めADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)が向上するように計画することが重要と思われます。障がい者アスリートの負担を軽減することにより、集中して競技に臨むことが可能となり、競技力向上に繋がることが期待されます。

スポーツ栄養士による:障がい者アスリートのスポーツ栄養(前編)

 

執筆・編集 中村学園大学 西村 貴子  熊原 秀晃 

http://www.nakamura-u.ac.jp/

<引用・参考文献>
(1)日本財団パラリンピックサポートセンター:日本財団パラリンピック研究会国内外一般社会でのパラリンピックに関する認知と関心調査結果報告.http://para.tokyo/2014/11/survey.html(2017年10月1日アクセス)
(2)笹川スポーツ財団Webサイト:スポーツの歴史第3章パラリンピックとは.http://www.ssf.or.jp/history/essay/tabid/1166/Default.aspx(2017年10月1日アクセス)
(3)日本パラリンピック委員会Webサイト:パラリンピックとは.http://www.jsad.or.jp/paralympic/what/history.html(2017年10月1日アクセス)
(4)日本パラリンピック委員会Webサイト:ニュースページ.http://www.jsad.or.jp/paralympic/news/detail/20170905_001299.html(2017年10月1日アクセス)
(5)Eskici G et al.:An evaluation of wheelchair basketball players’ nutritional status and nutritional knowledge levels. J Sports Med Phys Fitness.56(3).259-268.2016
(6)大久保春美:障がいの分類と概要.新版障がい者スポーツ指導教本初級中級.公益財団法人日本障がい者スポーツ協会編.株式会社ぎょうせい.34-36.2017
(7)日本パラリンピック委員会Webサイト:アンチドーピングページ.http://www.jsad.or.jp/paralympic/anti-doping/index.html(2017年10月1日アクセス)
(8)内山久子ら:脊髄損傷者の栄養・食事計画における安静時代謝量測定意義の検討.日本栄養士会雑誌.53(1).911-918.2010
(9)萩原大介ら:身体障害者における推定エネルギー必要量について.生活科学研究誌.6.31-35.2007

Leave a Response