管理栄養士が見た:健康寿命No.1 【山梨県の食事】 (後編)

管理栄養士が見た:健康寿命No.1 【山梨県の食事】 (前編)

 

4.八ヶ岳山麓(高根町)

八ヶ岳山麓は歴史的にも、戦国時代に武田信玄が信濃全域にわたって軍事的・経済的に支配したこともあって、甲信両国の混合文化が長く維持されています。特に食習慣や素材の面でもそのことが顕著に現れています。また、県内では海に最も遠い位置にあり、山の幸を中心とした食生活が営まれていた地域です。
しかし、昭和10年に国鉄中央本線の小淵沢駅と、長野県小諸町を結ぶ国鉄小海線が開通したことにより、食生活が急激な変化を見せました。鉄道の開通はどの地方でも大きな影響をもたらしますが、八ヶ岳山麓地方の場合はその影響も大きく、特に海産物の移入の道が開け、山の幸に依存する食生活が一変しました。たにしやいなごもよく食べるようになり、健康で豊かな食生活を営んできました。

5.富士五湖周辺(足和田町)

富士五湖周辺でも東から山中湖、河口湖に沿う村々や東部地方では、わずかに水田耕作がありますが、西湖村周辺は昭和初期までは水田が全くなく、農家はほとんど養蚕業で生計を維持していました。米のない食生活が営まれ、基本となるものは大麦、小麦、とうもろこしで、その他は、あわ、そばなどでした。
また、この地方の食生活と健康に結びつく例として、若者たちの壮丁検査(徴兵検査)に現れた合格率の高さがあります。とうもろこしや煮干しを常食として、澄んだ空気の下で山仕事や畑仕事で鍛錬された肉体は、他の地域に比べて特に優れていて、とりわけ西湖南岸の南部留郡の鳴沢村では、大正3年の壮丁検査で13人のうち6人が甲種合格となり、南部留郡の45%を占めて郡下第2位の成績を収め、翌年は15人のうち7人の甲種合格者(47%)を出して郡の最高となりました。その後においても、昭和9年から10年にかけての検査では甲種、乙種の合格者を含めて南部留郡が約6割弱を占め、県の最高の率を保持する成績を収め、鳴沢村を含めた富士五湖周辺は、一躍全国的にも知られた健康地帯となりました。

6.北都留<棡原>(上野原町)
県の最東端に位置する棡原村は、古くから長寿村として全国的に知られています。
その理由の一つには米食がほとんどなく、普段、とうもろこしや大麦、小麦、あわ、きび、じゃがいもを用いていたことによるとされています。もちろん、そのことだけが長寿の原因とは言い切れませんが、米のない食生活とこれを補う素朴な自然のおかず類が健康維持に役立っていると思われます。
特にこの地域はじゃがいもを多く食べていて、そして調理にはごま油が多く用いられており、滋養に富んでいます。

以上、山梨県の6つの地域の食文化や背景について述べてきましたが、どの地域でも素材となるものは山や畑のものが主体となり、水田耕作が少ないため米に依存できないという共通性が見られました。
このことから、山梨県の人々は食生活を営む上で恵まれない環境にあったにも関わらず、大自然が与えてくれた恵みに対して、積極的に享受し活用する知恵を豊かに養ってきたことが健康寿命No1の秘訣なのではないでしょうか。

執筆・編集 中村学園大学 大部 正代
http://www.nakamura-u.ac.jp/

参考文献
聞き書 山梨の食事 (日本の食生活全集) 単行本 – 1990/11/1
日本の食生活全集山梨編集委員会 (編集)

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