管理栄養士が見た:昭和天皇のお食事 (前編)

昭和天皇は、日本の124代天皇(在位期間:1926年12月25日—1989年1月7日)です。歴代天皇の中で、在位期間が約62年と最も長く、最も長寿であったと言われています。皇室ご一家の食卓にはどのような料理が並んでいたのか、またどのような料理人が調理に携わっていたのかを2つの参考本から探ってみました。

宮中の料理人は国家公務員であり、正式な肩書きは、「宮内庁管理部大膳課厨司」といいます。大膳というのは皇室における食事全般を担当している部署のことです。大膳は、「厨司」と呼ばれる料理人と、料理の配膳やそれに類する事務を担当する「主膳」の2つのグループで構成されています。また、課は和食を担当する厨房第1係、洋食を担当する第2係、和菓子を担当する第3係、パン・洋菓子を担当する第4係、そして東宮御所を担当する第5係に分かれています。
「天皇の料理番」の異名をもつ職務ですが、特に大正2年(1913年)から主厨長を務めた秋山徳蔵、昭和39年(1964年)から第1係で和食を担当した谷部金次郎、昭和45年(1970年)から第2係で勤め始め、昭和63年(1988年)からは第5係にて皇太子徳仁親王殿下の料理人となった渡辺誠の3氏が主に昭和天皇のお食事に関わったと言われています。

それでは次に、昭和天皇は日常、どんなお食事を召し上がっておられたのでしょうか。
一般的に、天皇家の方々は、「黄金のお箸で、さぞかし豪華絢爛なお食事をされていた」と広く言い伝えられた話ですが、実際には一般国民と変わりのないごく普通のお食事を、ごく普通の柳の箸で召し上がっておられました。特に昭和天皇のお食事のお好みは、ほほえましく思えてしまうほどの庶民的なものであった、と渡辺誠は感じていたそうです。

〈 昭和天皇の食事内容 〉
[ 昭和59年(1984年)2月15日(水)のお食事 ]
● 御朝食
オートミール、茄子酪焼(カレー風味)、サラド(トマト レタス外一品)
● 御昼食
御汁仙台味噌仕立(焼麩 絹莢)、麦入御飯、桜煮白魚梅干入、小町和え春菊
おでん鍋(大根 蒟蒻 厚揚豆腐 竹輪 結び昆布 白芋 鶉玉子)
御漬物(奈良漬瓜外一品)
● 御夕食
清羹、若鶏煮込み−南瓜・オクラ、サラド(トマト、レタス外一品)
青豆クリーム煮、麺麭

昭和天皇の朝食は365日、洋食でした。毎朝、オートミールかコーンフレークスを交互に召し上がり、火を通した野菜料理を一品、そしてサラド、つまりサラダの盛り合わせを一品というのが変わらぬメニューでした。サラダと書かずに、「サラド」とフランス語の発音に近い表記をするのは、宮内庁独特のスタイルです。
オートミールとは、オート麦を水で軟らかく煮たものです。昭和40年代までは、1時間以上も煮ていましたが、昭和50年代の半ば過ぎには、10分くらいで軟らかくなる、アルファ化されたオート麦を使い始めました。見かけはお粥のようで、器に大きめのスプーン2杯ぐらいのオートミールをお持ちし、天皇陛下のお好みに合わせてミルクと砂糖、またはハチミツを入れて、その硬さと甘味を調整され、陛下に差し上げるというのが天皇家の朝の食卓風景です。

御昼食と御夕食は、基本的には和食と洋食をほぼ毎日、交互に組み合わせます。昼が洋食であれば、夜は和食という具合です。

 

管理栄養士が見た:昭和天皇のお食事 (後編)

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